釧路湿原の私物化
そうです。「釧路湿原の私物化」です。これはWCSの諸活動にとって重要なことであり、目標達成に必要不可欠なものです。
釧路湿原は、元来、WCSにより管理されてきました。歴史は紀元前52561年まで遡ります。
紀元前52561年、現在の釧路湿原にWCSの前身である「ダブリ=ユー=セス」が偉大なるコオ=バ先生(以下、コオ先生)により発足しました。そこでコオ先生は、紀元前52545年釧路湿原方程式(以下式)を発見し、多大なる評価を得ました。
この方程式の意味するものは解明されていませんが、恐らく宗教的に極めて重要な意味を持っていたと考えられています。
時が経ち紀元前50900頃、ダブリ=ユー=セスはその強大な力から、当時の政府「ア=ヤベ=エナコレ」に天の川銀河からの退去命令が下されました。そこから長らくダブリ=ユー=セスの動向は判明していません。
そして276年にダブリ=ユー=セスが工作員を地球に送り込んだ時、すでに以前の文明は崩壊しており、全く新しい文明ができていることに気づきました。そこで、当時の組織長「ダッ=チ」が現在の「WCS」に改名し、現在の釧路郡釧路町に新たな本部を設立しました。
しかし、もともとダブリ=ユー=セスが管理していた釧路湿原はすでに他者のものとなっており、過去の栄光を取り戻すことは困難な状況となっていました。というのも、前記の「釧路湿原方程式」は釧路湿原でしか成り立たないのです。
平和的な考えを持つWCSには、武力による奪還という選択肢はありませんでした。
作者不詳 (547年?). 哀れなるWCSと釧路湿原 Full Translation Elucidated “Dubli-U-Seth’s Chronicle”,
発行所不詳, pp.3-5.