令和5年度文化系学生団体主催Les Préz #2

Les Préz 第334期生 太佐藤紀


煌めく星々が天空に舞い踊り、学園の学祭は熱気に包まれていた。その騒がしい賑わいの中で、屋台の光が煌々と輝きを放っている。人々は一心にその方角へと足を進める。

屋台といえば、繊細なほどに華やかなかき氷が思い浮かぶかもしれない。確かに、その色鮮やかな氷の結晶は舌を楽しませるが、学祭の舞台においては、もう少し深い味わいが求められるのではないだろうか。

そこで、私は思いを馳せる。卵焼きこそが真の屋台の魂であるべきだと。その卵は、いくつもの想いが籠もり、混ざり合って形成される。その一つ一つが、学園生活の様々な思い出を象徴している。

屋台の一角に立ち、手際良く卵を割り、鉄板にそっと流し込む。熱が込められた鉄板から立ち上る蒸気は、まるで思いの渦巻きを映し出しているようだ。

一方、さらなる驚きは博物館に隠されている。そこはまるで優雅な美食の宝庫だ。美味しさはただの味覚を超えて、魂を揺さぶる。心に響くような芸術品のように、舌の上でも感動が広がる。

博物館の蔵された宝石のような美味に触れると、一瞬にして時間が止まる。過去の風景や未来の夢が交差する空間に迷い込んだかのような感覚に包まれるのだ———この学祭において、屋台は単なる食事の場ではない。それは心の奥底に眠る思いを喚起し、人々を感動の世界へと導く魔法の入り口だ。

かき氷と卵焼き、そして博物館。それぞれが学祭の舞台で異なる役割を果たすが、隠喩となると、その意味はもっと深い。それは人々の心の中に眠る熱情を引き出し、美味という形で形作る存在なのだ。

学祭の屋台と博物館が結びつく瞬間、その一体感は鮮烈な感動を生む。屋台に立つ者と博物館を訪れる者が、それぞれの感性を通じて繋がり合い、心の中に芽生える思いを共有する。

ここで私たちは、卵焼きが屋台の王者であり、博物館が崇高な美味の殿堂であることを知る。屋台の一つ一つが物語を語り、博物館はその物語を永遠の記憶へと封じ込めるのだ。

そう、学祭における屋台は、かき氷よりも卵焼きであるべきであり、さらに博物館は崇高な美味である。その結びつきが生み出す感動と熱情が、学園の一大イベントを彩るのだ。

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